退職する取締役による従業員の引き抜き行為(1)
取締役は、自ら又は第三者のために、会社の事業の部類に属する取引(すなわち、会社の顧客を取り合うような関係にある取引)を行うことが、原則としてできません(会社法356条1項1号)。それは、取締役が、会社から、経営に関する委任を受け、会社のために行動をするという忠実義務(会社法355条)を負っているためです。
それでは、取締役が、在任中に、独立・開業したり、従業員を引き連れて他社に就職したりするために、会社の従業員を引き抜く行為は、取締役としての忠実義務に違反しないでしょうか。
この点に関して、裁判例には、①取締役による従業員への引き抜き行為が当然に忠実義務違反となるという考え方のものと、②「不当な」退職勧奨だけが忠実義務に違反するという考え方のものが存在しており、後者②が多数であるのが現状であると言われています。
例えば、東京高等裁判所は、平成元年10月26日、「プログラマーあるいはシステムエンジニア等の人材を派遣することを目的とする会社においては、この種の人材は会社の重要な資産ともいうべきものであり、その確保、教育訓練等は、会社の主たる課題であることは明らかである。したがって、この種の業を目的とする株式会社の取締役が、右のような人材を自己の利益のためにその会社から離脱させるいわゆる引き抜き行為をすることは、会社に対する重大な忠実義務違反」とし、引き抜き行為が、不当であるか否かを判断することなく、引き抜き行為を忠実義務違反と判断しました。
(つづく)